11年前の今日、世界は大きく揺らいだ。その字の如く。
<人的被害>
死者:6434名
行方不明者:3名
負傷者:43,792名
重傷:10,683名
軽傷:33,109名
<住宅被害>
全壊:104,906棟
186,175世帯
半壊:144,274棟
274,182世帯
計:249,180棟
460,357世帯
阪神大震災。
震度7.私の家は大きく傾き全壊。
その日を境に、私たち家族はその家で眠る事はなくなった。
余震を感じるたびに、ビクビクした。
テレビは、どの局も緊急報道。CMすら入らない。
数日経って、ようやくCMが入るようになったら、
なぜか公共広告機構のCMばかりだったのを思い出す。
電気、ガス、水道、電話。
比較的早くに復旧したものもあったが、不便きわまりない状況。
買い物も満足にできないし、地方からの救援物資がどれだけ嬉しかった事か。
ボランティアの人たち。
温かい心と活動で、私たちを支えて下さった。
町を歩けば地面や家、壁に亀裂が大きく走り、
ガス臭い場所や、解体工事の独特の匂いが漂ってくる。
大きく傾いた家に土足のままあがり、荷物の整理。
この先どうなるのか分からない、その時出来る事なんてそれくらいだった。
誰かと会えば、聞きにくいけれど、安否の確認。
連絡の取れない友達の情報。
救援物資の情報。炊き出しの情報。
入ってはいけない場所。
2階建てだったはずの家。無惨な姿の車。
開くはずの扉、閉まるはずの扉。
平らなはずの床。
走りゆく消防車。自衛隊の車両。
ヘリコプター。
水の大切さ、火の怖さ、自然の怖さ。
色々な人と助け合って、乗り越えてきた。
人と人は助け合う生き物なのだと思った。
当時、学校はしばらく休みだった。
授業が再開されても、登校者は普段よりも少ない。
それでも私たちは笑顔で走り回っていた。
震災を通して学んだ事は多く、そして大きい。
自分が被災者であることは、一生忘れないと思う。
当時の手記がまだ手元にある。
いつか、それをもとにまとまった文章を書きたいと思う。
今日のようなとりとめのない文は、自分や経験した人には理解できても、
それ以外の人には何が何だかわからないと思うから。